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01 あ、照れてる

 セレスティアは人気者だ。
 総じて端正な容貌であり、背中に生えた翼は天使のように神々しい。そんな目映い外見に加えて、穏和な気性はごく一部の例外を除けば誰からも好かれるし、何より種族の特性として魔法系にめっぽう強いので、魔法使いのセレスティアはどのクラスでも引っ張りだこの存在だ。
 特別秀でたもののない、自分のようなヒューマンとは大違い。
「……本当に、いいんですか」
 茜色に染まる学舎を見上げていると、傍らに立つ瑛が気遣わしげに問いかけた。
 こちらの顔色を窺うような眼差しをしている。ろくな事情説明もしていない自分に二つ返事で付き合ってくれた後輩だが、奈澪の決断にはやはり戸惑っているのだろう。
 悪の派閥に属しているくせに、根本が優しいのだ。この忍者は。
 奈澪はそんな彼女に小さく笑って、しっかりと頷いてみせた。
「うん。もう決めたことだから」
 迷いはない。自分なりに悩んで出した結論だ。
「後悔しません?」
「さあ。するかもしれないし、しないかもしれない」
 右手に握る杖は、入学した時からずっと愛用していたものだった。迷宮に旅立つ時は必ず持って行ったし、苦楽を共にしてきた大事な相棒だ。
 だが、この杖との付き合いもこれが最後となるだろう。
「やって後悔するより、やらずに後悔する方が嫌なの。だから、これでいいんだ」
「……そう、ですか」
「うん。――さ、そろそろ行こうか」
 言って、奈澪は眺めていた学舎に背を向けた。校門を出ればもうそこは迷宮の一つ、初めの森だ。
 もう日が傾いている。この時間から旅立てば、まず間違いなく迷宮の中で夜を明かすことになるだろう。
 別に構わない。野宿には慣れている。――不安がないわけではないけれど。
「奈澪さん」
 先に歩き出した奈澪に足音もなくついて来ながら、心優しい後輩忍者は何か眩しいものを見るような目で言った。
「わたし、奈澪さんのそういう潔いところ、憧れます」
「…………」
 奈澪は、言葉に詰まってしまった。
 憧れるようなことは何もない。違う道へ進もうとする自分を、挫折した負け犬だと誹る者もきっといるだろう。自分自身、逃げているだけではないのかと、何日も悩んだのだ。
 それに、詳しいことを語らなくとも、勘の鋭い彼女のことだ。きっと奈澪の内心も薄々察しているのだろう。同じヒューマン同士、彼女との付き合いは長い。奈澪に関係するいろんな噂も聞き知っているだろう。
 それでも、そっと背中を押してくれる彼女の思いやりがうっかり心にしみた。
「またいつか、一緒に組んでくれますよね?」
 優しい後輩のきらきらした瞳を見返すことなどできず、奈澪は無言で足を速めた。
「――あれ、なんでそんな早足になるんですか? あれ、ちょっと、奈澪さん? 奈澪さーん。待ってくださいよう!」
「うるさいな、さっさと行くよ!」
「え、なんで怒ってるんですか。……あ、照れてる? もしかして照れてるんですか? 奈澪さん? あっ、ちょ、待ってくださいってばー!」
 迷宮での野宿は初めてではない。一人で探検したことだって何度もある。
 しかしそれでも、この時この瞬間に、付き合ってくれる後輩がいてよかったと奈澪は思った。